2007年 07月 22日
麻布の七不思議?! |

最近、新・世界の七不思議が発表されたが、それに対抗して、規模は小さいが「麻布の七不思議」を取り上げてみる。ただ、この七不思議には諸説があり、どれが本当かは分からない。グルメの本やテレビにたびたび登場する麻布十番や、「ほりえもん」でもお馴染みの六本木ヒルズなど、いま一番人気のある観光スポットだが、このような場所にも昔から言い伝えられている伝説がある。故きを温ねて新しきを知ろう!
「麻布山善福寺の逆さ銀杏」
山元町(今の元麻布)の善福寺に入っていた親鸞聖人が、寺を去るにあたって持っていた銀杏の杖を、根っこを上にして地上に刺し「念仏の求法、凡夫の往生かくのごとき」とおっしゃると、枝が逆さに根付き、枝葉が茂ったと言われている。
この銀杏の木は現在も善福寺の境内にある。普通、木の枝は上の方に生えるが、この銀杏の木は枝が下に向かって生えている。
「六本木」
昔、高い松の木が6本あった、たどか、松ではなく榎のきが6本あったなどと言われている。
一方では「十方庵遊歴雑記」という本に、「このころ、上杉、栃木、高木、青木、片桐、一柳などの大名屋敷があったので、大名の名字にちなんで六本木にした」とある。
「かなめ石」
今の麻布署の鳥居坂町(六本木5丁目)の道の真ん中に、30センチほどの石があった。
あるとき、道を直すのに邪魔になり掘り取ろうとしたが、その根はどこまで掘っても堀起こすことが出来なかった。
この石に塩をかけて拝むと足の病が治るので、願掛けの風習があった。
「釜なし横丁」
今の鞆絵小学校あたりは貧しい人が多く、ご飯を炊くのにたった一つの釜を長屋中で代わりばんこに使っていたので、釜なし横丁と呼んでからかわれていた。
これを残念に思い、ある年の氷川祭りに張子の大釜を山車に作って、氏子中を引っ張りまわした。これを見た近所の人たちは、釜なし横丁の大釜の山車を見てびっくりし、それからあざ笑うことをしなくなったという。
「狸穴の古洞」
昔、狸穴坂の下に洞穴があり、その穴に雌の狸が棲んでいて、よく人を騙した。
「羽衣松」
今の麻布十番にあるまつは秋月の羽衣松といわれていた。秋月候の屋敷があったからと言われてる。今の一本松である。
「江戸砂子」に「一本松、一名冠の松は、しめ飾りをつけた大きな松。天慶2年(939年頃)、源経基は平将門を討ち倒しこの地に来て宿を摂った。去るときに自分の冠装束を待つに掛けて行ったので、これを冠の松という」とある。
「広尾原の送り囃子」
今の広尾から南麻布あたりにかけての伝説で、このあたりを夜中に通るとどこからともなくお囃子の音が聞こえてくる。「おや、こんな時間に?」と思うがお囃子はますます大きくなる。
「どこの風流人か、もののけか?」と身構えると、今まで近くに聞こえたお囃子が、今度はだんだん遠ざかっていく。恐らく狸のいたずらか。
七不思議ではないが、「がま池」という伝説もある。
麻布、二の橋の西のほうに仙台坂という坂がある。仙台坂の名前の由来は、江戸時代に仙台様という殿様の下屋敷があったのでこの名前が付いたと言われている。
この仙台坂の上のほうに、山崎主税助という人が住んでいた。江戸時代は火事が多く、あちらこちらで火事があったが、不思議な事にこの山崎主税助の屋敷のところで火事が消えてしまい焼け落ちることはなかった。この屋敷の庭には古びた池があり、日照り続きで田んぼの水が無くなって草木が枯れても、この池だけは涸れたことがない。
この池には大きながまが棲んでいて、火事になると口に水を大量にふくみ、炎に水をかけたと言われている。
このがま池は上から見るとガマガエルが伏せたような形をしている。宅地の開発が進み現在ではこの池は無くなっているらしい。「がま池」が七不思議に入っているとする書物もある。

