美食家だった?平安の僧侶

風の中の小鳥:2006年07月

 奈良市の西大寺旧境内で、クリやカブなど季節の食材名や産地を記した十世紀末ごろの木簡が見つかり、奈良文化財研究所が二十日、発表した。

 ウメ、クルミ、トウガン、など植物の種も大量に出土。僧侶に酒を支給した記録もあり、同研究所は「仕事を終えた後、僧たちも酒をたしなんだのでは」と話している。

 確認された木簡は約60点。一点は越前(福井県)にあった西大寺の荘園から届いた黒米に付けられてと見られる荷札で、裏面に「正暦二年」(991年)と記されていた。いづれも奈良―平安時代にかけて約200年間使われていた井戸の底に土器などとともに埋まっていた。

 酒の支給記録とみられるのは「浄酒二升□□□(政所?)料又酒」とかかれた木簡。庶務などをつかさどる政所(まんどころ)勤務の僧に、浄酒として酒二升(現在の八合)を配ったらしい。

 別の木簡には「飯壱升伊賀栗拾使□(間?)食料」とあり、伊賀国名張郡(三重県名張市)にあった西大寺のクリ林へクリ拾いにいった使者に、飯一升(現在の四合)を支給したことが分かる。

 西大寺の農園からウリやナスが届いたり、カブを洗って漬けた人物に米を支給したりした記録もあった。精製した塩を詰めて運んだ土器が大量に出土しており、みそや漬物を手作りしていた様子がうかがえるという。
2006.11.21「日本経済新聞」より

=木簡とは:=
 墨で文字などを書いた木の札です。文書であったり、荷札だったりと種類はいろいろありました。仕事や生活の状況がわかるので、とても重要です。
「防府歴史用語辞典」より

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 修行僧の戒律は厳しいと思うが、サラリーマン社会のように慰労会とか、反省会とか、新人の歓迎会のようなものが年に何回かあっのでは。そのような場所で、お坊さんが盛り上るか、あるいは盛り上がらないかは、自由だ―!!。

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by mikannohanasakuok | 2006-11-22 09:20 | 食、嗜好、食料資源 | Comments(0)