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怪談 「鏡ヶ池」その2

     「伝説の江戸」より  柴田流星著 聚精堂発行

 「やがて、現ともない楽しい月日は幾めくりかを重ねた。そうした間にあぶら屋が一家では、年頃のお柳に婿養子の沙汰ようやく熟して、吉日を選び見合いするとまでの境に及んだ。お柳はもとより心進まぬ、進まぬとて恋する男のあることは、打ち明ける事はできなかった。お柳は居間にこもりて人々に背いて忍び泣いた。この振る舞いよもやと思うも、考えれば考えるほどなにやら仔細のありげで、いかに物堅く慎み深いとてこの道ばかりはと、一番番頭まずその首をひねる。

 手代三人と示し合わせ夜を忍び気配を窺がう。時の暁を告げる二番鳥の声が聞こえたとき、あぶら屋の台所に隠れていた一人が、流し口より大蛇(おろち)が今戸のほうにうねり行くのをみて、身の毛もよだつこの出来事を番頭に物語った。駆けつけた番頭は、かねてから心やすう行き来する行者に、事の次第を語るが、時、既に遅くお柳はその大蛇の種を宿し、このままでは命も危ないと言う。この行者の指図のまま、その夜は流し口に銀針をひとつ俯向きにうえて、お柳には何も告げずに彼の大蛇が来るのを待つ。

 夜の死黙、あたりを領して木、萱も夢の中なるころ、大蛇はお柳の寝間に美しき若人となりすまして通い来た。けれども何時になくそわそわと落ち着かず心が優れないと帰って行く。見え隠れに尾行して行くと今戸なる鏡ヶ池、大蛇はその水際に近づくや、身を挺して底深くぬるぬると....。
みるがうちに水面は朱を注いだように唐紅(からくれない)。
残月落ちつくして東雲の光朝の空に美しく、眠れる草木さえ活き活きと、梢によみがえりえりの呼吸つくらう程、お柳は飲まされた菖蒲酒の効きめに、白蛇の子をあまた産み落としてその一命を取り留めた。」
 
by mikannohanasakuok | 2007-08-15 07:33 | 読書